リバーサイドモーテル

北関東の片田舎から東京へ再上京 本・映画・アート・陶芸諸々・・・

映画 『ONCE ダブリンの街角で』

 


4月ももう最終日になってしまった。

先月から私事で色々と変化が起こり、人生とはほんとに予測のつかないことの連続なんだなと実感した次第です。

28歳。思いっきり失恋しました。

恋愛体質ではない自分が、初めて自分の気持ちに正直になって行動した。
駆け引きなんてできないし、しようとも思えなかった。

恋人だった期間は短かったけれども、ちゃんと自分なりに向き合って、
お互いの自由を尊重して別れたので不思議と後悔はない。泣いたけど。


ただ、自分を出せない恋愛はやはり苦しいものなのだ。

こういう時、哲学者の言葉をひっぱりだして言い聞かせる。

―では、どうしたらいいのか?
自分しだいでなんとかなるものには、
しっかりと向き合うことだ。
そしてそれ以外のものは、ただ、あるがままを受け入れるのだ。
(エピクテトス)


 
 さて、失恋の時は第六感が働くよう。

連休前にTSUTAYAを物色していたら何だか気になって借りたDVD。

『ONCE ダブリンの街角で』





ジョン・カーニー監督、脚本。ストリートミュージシャンで生計を立てていた主人公。
その歌声に惹かれある女(ヒロイン)から声をかけられる。音楽を通じて、次第にお互いの事を理解していく二人。ダブリンという町で刹那的に出会い、それぞれの道を歩んでいく


なんというタイミングで観てしまったのか。
この、主人公であるグレン・ハンザードは恋人にフラれ、ずるずる引きずっている男で。
その曲も失恋の歌詞ばかり。

自分と重ね合わせるには重すぎるくらいの未練を抱えている。
でもそんな悲しい歌詞も、アイルランドの空気を含んだ音楽で優しく感じられた。
グレンの歌いっぷりがほんとに心にぐっとささって胸が苦しくなる。感動。

全体的に大きな展開とかなくて、テンションは一定に保たれている。
序破急でいったら、序のままなのかもしれない。
しかしこの映画はこれからの始まりを暗示させてくれる終わり方だ。

今私が求めているのは、少し意識を前に向けてボートを漕ぎだすような力である。



山口晃展 『前に下がる 下を仰ぐ』




春です。
現在芸術館にて開催中の山口晃展へ行ってまいりました。

土曜日の昼過ぎで結構な混み具合。
前が詰まるほどではなかったのでゆっくり鑑賞することに。

毎回水戸芸の導線の作り方は工夫が凝らされていて面白い。今回も凝った仕掛けを用意していた。



行ってからのお楽しみ・・・

ではあるが、見に来た人たちをいい意味で「くだけさせる」会場づくり
静かに厳粛に観たいんだ!って言う方には残念かもしれないが、空間も含めて鑑賞するとより楽しめるのかなと思う。


面白かったのが山口氏本人直筆の『紙ツイッター』という作品。

ノートをツイッターに見立て、日々のつぶやきがつらつらと並べられている。
時間の経過ごとにツイッターに振り回されていく心情がクスッと笑える。
同時に作家自身の内面を見てしまうとあの繊細でダイナミックな作品とのギャップに驚いてしまう。。いい意味で。笑

そしてお待ちかね?『無残ノ介』、『続・無残ノ介』の部屋。

直線に伸びた廊下の壁一面に無残ノ介の物語が展示されている。


外国の観光客の団体がひたすら『Cool!!Very peaceful!』と
興奮気味で食い入るように見ていました。


確かに。

内容に若干不条理な部分もありますが(笑)、
絵と文字の圧倒的な存在感で無残ノ介ワールドに惹きこまれて
うーん、ちょっと感動してしまった。


絶対美術に興味のない方でも楽しめる展示なので、
時間を十分取って見られることをおすすめします

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『山口晃展 前に下がる 下を仰ぐ』

会場

水戸芸術館 現代美術ギャラリー

開催日

2015年2月21日[土]~ 2015年5月17日[日]

開館時間

9時30分~18時(入場時間は17時30分まで)

休館日

月曜日 ※ただし5月4日(月・祝)は開館


本 赤坂真理 『ヴァイブレータ』新装版

2月。とうとうなりたくなかった28歳になってしまった。。。


日経WOMAN等の雑誌を読みながら、28歳の貯金額が500万超えていたり、朝起きたらバナナアボガドスムージーを飲み、ランチはテラス席でガレット・・・という素敵女子を空想してたけど全然そんな現実は起こり得ることはなく。

小さな変化を積み重ねていくことしかないんだなと自覚した次第です。







さて、先日久しぶりに代官山蔦屋書店に行ってきました。

相変わらず賑わっていて、珍しい本が沢山あって文化基地として機能している。

初め探していた本が見当たらなくてうろうろしていたら。この本が目についた。

ずっと前に映画を見て凄く感動して原作読もうとおもったら絶版で。

なんて運命的なんだ。

いつの間にか新装版出てたなんて、本屋行かなかったら気づかなかった。


原作読んだら、映画は細かな部分まで忠実に描かれていたんだと驚いた。


でもやっぱりこの小説は『言葉』の力がつよい。人の野生とか本能をくすぐる。

一番好きなシーンは映画も小説も変わらないのだけれど、ホテルで主人公をお風呂にいれてあげるシーン。

 
 この人が優しいのは感情でなくて本能だよ感情がなくても優しくする、柔らかいものには優しくさわる

 それから何度も沈むことを試みた。岡部は何度もあたしを引き上げ、首を横に振った。あたしは目を伏せ見ないようにする。
沈めて。


この文章と映画で見た映像が交わって泣きそうになる。

女性が普遍的に求めているものは岡部に投影されている気がしてならない。

映画もお勧めです。








映画 『滝を見に行く』 おばちゃんサバイバー






『滝を見に行く』

新宿武蔵野館で観てきました。今日(1月10日~)からは新宿シネマートで上映開始ですね。

ほぼ日の記事を見て面白そうだと思って出かけました。


滝を見に行くツアーに参加した7人のおばちゃんたち。
ひょんなことから山で迷子になり、野宿をすることに。。。


この映画の見所はほぼ素人の方を使っているところ。
其々が色々な趣味や特技を持ち合わせて遭難を乗り越えていくところが面白かった。

映画観ているって感覚よりちょっとドキュメンタリーに近い感覚。
おかしみって人の予想できない素の部分にあると思う。
無意識の造作にその人の個性が表れてくるんだなと。


根岸さん(写真の右から2番目)大人しそうに見えて7人の中で1番根性座っている。

「根岸さん、タダ者じゃないわね」と言われるほどに。

家帰ってゴロゴロしている母親を見て。

なぜか大学のインカレバスケを見ながら
「今、急に3点入っちゃったんだけど、故障かな?」

と3ポイントシュートを知らずに見てて

おばちゃんという生き物は観察していると本当に面白い。



『南国料理人』の沖田修一監督という事であのゆるさが好きな人は好みの映画だと思います。

映画 『天才スピヴェット』 不器用な家族の愛し方がいとおしい




あけましておめでとうございます。
去年は実家に戻って来て、1年間どう過ごそうと思ったときに、ブログに日々の感じたことを記録しておきたいと思って始めた訳です。自己満ですが。。

今年の目標はもう少し読みたい本と、観たい映画を観てアウトプットする。あと陶芸もやる!という事で更新頑張ります。

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天才スピヴェット

先日駆け込みで都内の銀座シネスイッチにて観てきました。

都内は11月から封切だったので、年末で終わってしまったところが多いみたいですが。。
なんと、わが地元、茨城で2月に上映予定ということで、また観る機会ができてうれしい。

主人公スピヴェットは、モンタナ州の牧場で、カウボーイの父、昆虫研究家の母、女優を夢見る姉、根っからカウボーイで父自慢の双子の弟と一緒に暮らしていた。

ある日自分の考案した発明品が権威ある賞をもらい、スピヴェットは授賞式に出席するために一人でアメリカ横断の旅にでる。しかし、その旅には深い理由が。。。


アメリは観ていないのですが、ジャン・ピエール=ジュネ監督の新作ということで。

3Dを使ってのコミカルな演出や、旅の中で出会う美しい自然をダイナミックに魅せていました。
科学的な説明を画で表現することで、シュールさが生まれて面白かった。
この監督の持ち味なんだろうか。。。アメリも今更感ハンパないけれど観てみよう。


さて、率直な感想としては、主役のカイル・キャトレット君ありきの映画でした!

彼の純真と聡明さが表情の中に臆病さも見え隠れして、素晴らしい演技。

旅の道中、トレーラーハウスの中で初めて食べるホットドッグ、
一人で食べて眠る姿に涙が。

特に印象的だったのが、
お母さんの日記帳を読んで孤独の中で近すぎで分からなかった愛情に気づくシーン。

スピヴェットが受賞後、お母さんと再会した後に
「子供がいなくなって正気でいられる親なんていない」というような事を言っていて
救われた気持ちになった。


ぜひ、3Dで観てみてください。



漫画 『3月のライオン』 10巻


3月のライオン 10巻



いつのまにやら発売していて、慌てて読みました。

久しぶりに絵でも描こうと零ちゃんを。


10巻は話が大きく動いて、川本家の暗い部分がとうとう明るみに出た。

一人で孤独の中を戦ってきた零がやっと『川本家』という自分が頼ったり頼られる居場所を見つけた。


それでも学校では、相変わらず先生と屋上で昼ご飯を食べる零。


クラスの仲間たちと打ち解けて一緒にランチタイムという展開にしないところが、
現実的な表現だなと思う。

人はそんなに劇的には変われないし、根っこは揺るがない。
ただ自分も気づかないうちに少しだけ変わっているー


自分も一人を強く感じたことがあるから、共感しながら毎回読んでしまう。
この主人公ほど努力家でもないし、強くもないけど

前よりは他人に対して関わって行こうという気持ちが生まれてきたなあとふと思う。


あと、サブストーリーなのか、幸田妻の話がすごく心に残った。
自分も愛したかったけど、なんでうまく愛せないのか。
自分の子供はなぜこんな風に育ってくれなかったのか。
幸田妻の複雑な葛藤をモノローグでぐいぐい読ませる。

漫画なのか小説なのか錯覚するほど。

やっぱり羽海野チカという漫画家はモンスターである。





映画『紙の月』 これは女が怖いと思うための映画ではない。



11月はバタバタと過ぎていきました。
沢山インプットするものはあって、アウトプットができてない感じです。

さて、公開して2週間ほど経ったでしょうか『紙の月』

あらすじは、どこにでもいるような主婦(子供いない・銀行の契約社員)が、
大学生の青年と恋に落ち、横領事件を引き起こす・・・といった内容。


宮沢りえの時点でちょっと主婦の雰囲気は厳しいかなと思ったんですが、
子供のいない2人暮らしの夫婦という設定だと案外しっくりきた。


何はともあれ、バレるのが分かっている映画って心臓に悪い。
自分は正真正銘のビビリなので、耐え切れず、途中で帰りたくなってしまう。


ただ後半、小林聡美演ずる隅より子(銀行のベテラン職員)の存在がカギとなって、観客に唯一救いを与えてくれる。


 銀行の金に手を付けていると気づいた隅は、主人公に何とか大事になる前にこっちの世界(日常)へ戻そうとする。

その時にはもう把握できないほどの金額を横領していた主人公。


『紙の月』を観ていて率直に思ったのは、女はやっぱり怖いとかそういう事より、
純粋な人が強烈な意思を持った時の恐ろしさだ。

―困っている人のためにお金を使う―

立派な大義である、しかしその理想を実現したいがために、主人公は他人のお金に手をつける。

私は最後まで観て、きっと主人公は横領したことについて「悪いこと」とは認識しているが、「罪悪感」はもっていないだろうと感じた。



なぜなら彼女の大義の方がずっとずっと彼女にとって大事なことで善いことだから。


ちょっと私の感想はこの映画のテーマと外れてしまっている気がしますが、
もう一回見に行って違う視点から考察してみるのも面白そうです。