水戸芸術館 『ダレン・アーモンド―追考―』
水戸芸術館 『ダレン・アーモンド―追考―』
に行ってきた。
水戸芸術館は国内外、ジャンルにとらわれず、独特な展示をしている美術館だと思う。
今回も期待を裏切らず、入ってすぐ驚きがあった。
暗闇。
暗闇の中に映し出される映像。
一瞬自分がどこにいるのか分からなくなる感覚。
普段の生活で暗闇の中で歩くことなんてなくなってきた。
都会の方に住んでいるとなおさらだ。
暗闇の中から映し出される映像を眺めていると、
「時空」という概念を形にしたらこんな感じになるのだろうかと思う。
しずかな興奮を覚える。
迷路のように展示室を抜けていくと、比叡山のインスタレーションがあった。
釘付けになってしまったというか、動けなくなってしまった。
暗闇の中で映し出される映像は結構怖いものである。
修験道を迷いなく歩いていく僧とともに追いかけていく気持ちになる。
観ている間、入ってすぐ出て行ってしまう人も何人かいた。
でも、ずーっと見続けている人も。
怖い、とかではなくなっていて、精神世界に入っていく感覚。
何もない、『無』。私たちが見たことがない世界。
つい芸術作品に意味を求めてしまうことが多い。
頭で考えて正解を求めがちだ。
そんなの振り払って五感を通して作品を感じることができる。
またあの場所へ行きたくなる展示だった。
■2013年11月16日[土]~2014年2月2日[日]
東京写真美術館 『植田正治とジャック・アンリ・ラルティーグ』
東京写真美術館 『植田正治とジャック・アンリ・ラルティーグ』
植田正治と聞くと必ず行ってしまう。それほどに彼の写真は魅力的である。
植田正治は「生涯アマチュア」を貫き、自由な作品を生み出してきた。
それは、アンリも同様である。
今回初めてアンリの作品を観たが、日常の喜びに溢れた作品が多いことが見て取れる。
純粋に自分が好きな人たちを傍観するわけではなく、とても近い位置でありのままの姿を表現している。
観ている私たちもその人間関係の輪に入ったかのごとく錯覚を覚える。
それとは反対に、植田正治は私たちにその介入を許さない。
彼の作品は、たちまち自らの愛する家族まで作品のモチーフとしてとらえてしまう。
被写体がまるで「そこ」になければ「不自然」であるかのようだ。
珍しくカラーの作品も展示されているので、
ファンの方でもまだ観たことがない作品と出会えるかもしれない。
余談。
アンリの写真を見ていたらどうしても「紅の豚」を連想してしまう。
観ている間ずっと頭の中を加藤登紀子が流れていた。
誰かにこの共感を分かってほしかったので、後輩に意見を求めたが、
彼女はアンリの妻と愛人の写真が分からないと別な事を考えていた。
誰かにこの共感を分かってほしかったので、後輩に意見を求めたが、
彼女はアンリの妻と愛人の写真が分からないと別な事を考えていた。
- 会 期: 2013年11月23日 ~ 2014年1月26日マデ
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